伊豆箱根鉄道は、4月より車内1両目車内に掲出している切り絵作家水口千令さんが手掛けた絵本電車「大雄山線ものがたり」の第2話「変化する時代と生きる二人」を、8月24日より2両目に掲出して運行を始めた。
絵本電車は、主人公「たろう」と大雄山線とのエピソードを、成り立ちや歴史などを織り交ぜながら、絵本のように物語と挿絵(切り絵)を車内のドア部分などに貼り付けて紹介する「大雄山線ものがたり」。
1両目に掲出している「大雄山線ものがたり」の第1話「たろうと大雄山鉄道」は、大雄山線が開通した大正時代が舞台。大雄山最乗寺(道了尊)の参拝客の輸送を目的に、1922(大正11)年6月2日、大雄山鉄道設立。鉄道建設を始めるが1923(大正12)年9月1日に発生した関東大地震の被害を受ける。苦境の中で建設が続けられ、1925(大正14)年10月15日、仮小田原、五百羅漢、相模沼田、岩原、塚原、和田河原、大雄山の7駅で開業した。たろうはこのとき6歳。
当時は「参詣鉄道」とも呼ばれ乗客のほとんどが参詣客。小田原から大雄山までの料金は28銭。当時のカツ丼が20銭だったので庶民が乗るには高かった。「僕は大雄山線に乗るんだ。おこづかいをためるぞ」と、たろうは決意する。
それから数年後、たろうとおばあちゃんの2人は大雄山線に乗って最乗寺にお参りに行き、たろうは「おばあちゃんが元気でいてくれますように。そしててんぐさま(最乗寺の天狗)、ぼくが大雄山線の駅員になれますように」と祈る。ここまでが第1話。
2両目で掲出する第2話は、戦争が終わり「赤電」を導入した昭和時代。希望通り大雄山鉄道に務め駅員になった「たろう」の恋愛エピソードや沿線の豆知識などを盛り込み物語を展開する。新たな登場人物は、富士フイルムに勤め、社内運動のバレーボールを楽しむ「ゆうこ」。バレーのボールを車内に忘れたことをきっかけに2人は結ばれ幸せな家庭を持つことになる。
1962(昭和37)年に木製車両から半鋼鉄車両への入れ替えが始まり、「赤電」が誕生。「おかあーさん、赤電いるよ」。そう話すのは、たろうとゆうこの息子。「あ、おとうさんだ」とたろうを見付ける息子。たろうは白い手袋をした手を挙げ、笛を吹くと赤電が出発。そんな光景が、ほのぼのと表現されている。
伊豆箱根鉄道で広報を担当する杉原理恵さんは「今年4月に掲出が始まった『大雄山線ものがたり』。2話が始まると多くの方がご覧になっていた。水口千令さんの切り絵ファンも増え、既に第3話を待ちわびている方もいらっしゃりうれしい。絵本電車を通して、大雄山線について興味を持っていただき感謝。ご自身と大雄山線との歴史なども懐古いただくきっかけにもなっている」と話す。
絵本電車は5504編成で「DAIYUZAN LINE イエロー・シャイニング・トレイン」。3話は来年2月を予定する。