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小田原の「鮑屋」が事業領域の拡充を加速 「魚商 小田原六左衛門」も順調に推移

430余年の老舗「鮑屋」のグループ会社が運営する「魚商 小田原六左衛門」

430余年の老舗「鮑屋」のグループ会社が運営する「魚商 小田原六左衛門」

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 小田原で魚の卸をして430余年の老舗「鮑屋(あわびや)」(小田原市早川)が、一般消費者を対象にした店舗を開店し、事業領域の拡充を加速化している。

1869(明治2)年頃と思われる鮑屋の店頭風景

 「鮑屋」のルーツは、武田信玄の娘の黄梅院(おうばいいん)が、後北条四代目の北条氏政(ほうじょう うじまさ)に正室として嫁いだ1554(天文23)年までさかのぼる。黄梅院が小田原に嫁ぐ際に、市川家が商人として共に渡ったとされている。「鮑屋」として創業したのは1587(天正15)年。市川六左衛門が創業者で、以後、跡取りは「六左右衛門」を名乗っていた。

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 当時の小田原は江戸に一番近い漁港として栄え、鮑(アワビ)も豊富に水揚げされていた。藩内の販売を一手に引き受ける御用商人に指名され、販売の実権を持つことになり「鮑大臣」と呼ばれてもいた。取扱商品を鮮魚全般に広げ、問屋として体制を確立したのが1869(明治2)年。1952(昭和27)年に有限会社鮑屋設立、1994(平成6)年に有限会社から株式会社に組織変更して現在に至っている。

 経営の基盤は「仲卸事業」だが、2009(平成21)年に「水産加工・製造事業」を第2の柱として位置付け、事業の複合化に注力。素材と製法にこだわって開発した50を超えるオリジナルブランドを開発し、商品体系を充実させてきた。第3の柱は、消費者に直接アプローチする「販売事業」。オンラインでの販売強化と、実店舗による顧客ロイヤリティの増強を目指している。

 事業領域の拡充を推進するのが、鮑屋のグループ会社であるエンイート。代表を務める市川将史さんは「プロの方々と接する仲卸事業と、あらゆるニーズに対応する水産加工・製造事業、そして消費者の方々と接する販売事業。各領域の有機的な結合を目指す。それが次の時代の基盤になる」と先を見据える。

 その動きは手早い。2019年7月、地元産素材を使用した新感覚チーズケーキを提供する「箱根チーズテラス」(箱根町元箱根)。2020年7月、漁港からの新鮮素材を使うオリジナル海鮮漬け丼の「さじるし食堂」(小田原市早川1)。同12月に「魚商 小田原六左衛門」と「魚商おむすび 六左衛門」を小田原駅東口のお城通りに開業した商業施設「ミナカ小田原」内の「小田原新城下町」にオープンさせた。さじるし食堂の「さじるし」とは、創業者の六左衛門の幼名「崎次郎」の頭文字をとり「さ」を「荷印(にじるし)」にしたことから命名した。魚商小田原六左衛門の店名「魚商」は「さかなや」と読む。

 市川さんによれば、「鮑屋」を創業した初代の市川六左衛門は小田原を拠点に魚座(市場)や浜で魚を直接仕入れて各地に届けて商いをしていたという。その原点に返って「魚商 小田原六左衛門」をオープンしたという。

 「魚商 小田原六左衛門」は、魚の目利きや魚の仕入れを通して、おいしい魚をより多くの人に届けるための店舗名であると同時に直売ブランド名でもある。提供する商品の多くは、小田原市の早川漁港にある自社の工場で、ベテランの製造スタッフの手により商品化している。併設する「魚商おむすび 六左衛門」で、地元の米「はるみ」や小田原の梅「曽我の梅」を使用したおむすびを提供している。

 市川さんは「こんなときだからこそ前に向かって進むことが大切。店が元気になれば、市場も元気になる。それが小田原のにぎわいにつながる。ぜひ小田原へ」と来店を呼び掛ける。

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