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箱根写真美術館で風景写真のルーツ「山田應水 山岳と風景」展 努力の写真家人生も

山田應水の代表作「富士 御坂峠道」(c)山田應水 (箱根写真美術館蔵)

山田應水の代表作「富士 御坂峠道」(c)山田應水 (箱根写真美術館蔵)

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 大正から昭和初期にかけて活動を続けた風景写真家・山田應水(やまだ おうすい)の企画展「山田應水 山岳と風景」が、晩年の過ごした自宅の庭に建設された箱根写真美術館で開催され、風景写真や山岳写真ファンなどが訪れている。

晩年の山田應水(箱根小涌園で)

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 展示されているのは、大正から昭和初期の日本に国立公園が誕生する頃に、山田應水が全国の景勝地で撮影した作品と資料。写真作品は、紙焼きプリントや乾板(写真感光板)で保存されている「原板」を複写しデジタルプリントで再現している。

 岐阜市で生まれた山田應水(本名=山田治三郎・1880~1964)。1891(明治24)年10月28日発生した濃尾(のうび)地震で両親を亡くす。慈善事業家の石井十次により岡山孤児院で青年期までを過ごす。

 横浜の貿易商「大和商会」に勤務しながら、日本アルプスの山々を始め、高原、渓谷、湖畔をカメラに収めて趣味としていた。1924(大正13)年に日本橋丸善で初個展「山岳写真展覧会」を開催。以降、鉄道省、各県当局、国立公園協会や觀光連盟、交通機関会社などの嘱託を受けて撮影活動を行う。風景専門の写真社「風光社」を東京千代田区に設立した。

 1947(昭和22)年。箱根小涌園の創業者小川栄一氏の依頼を受けて、箱根小涌園写真部に従事。東京と箱根を往復する生活が始まるも、1960(昭和35)年に強羅に居を構えて箱根の山野草を育てながら箱根や富士の撮影を続けた。2002(平成14)年、晩年を過ごした強羅の居に、孫であり写真家の遠藤桂さんが私設美術館として「箱根写真美術館」をオープン。山田應水の作品や資料を収集保存している。

 箱根写真美術館の遠藤詠子副館長は「箱根写真美術館のルーツ、現館長の遠藤桂の祖父で大正から昭和期に活躍した風景写真家・山田應水の作品展。組立暗箱(あんばこ=カメラ)とガラス乾板を担いで日本各地で撮影を続け、日本の観光事業の普及に大きく貢献した努力の写真家。作品からその人生を見ていただければ」と呼び掛ける。

 開館時間は、10時~17時。入館料は大人=500円、子ども=300円、6才以下無料。火曜定休。7月19日まで。

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